スポンサー広告

スポンサーサイト

 ←以心伝心 →幼虫
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。


記事一覧  3kaku_s_L.png 未分類
記事一覧  3kaku_s_L.png 趣味
記事一覧  3kaku_s_L.png ママの気持ち
記事一覧  3kaku_s_L.png 毎日
記事一覧  3kaku_s_L.png お弁当
         
以心伝心 ←以心伝心    →幼虫 幼虫
  • TB(-)|
  • CO(-) 
  • Edit

ママの気持ち

私の心の中の錘

 ←以心伝心 →幼虫
私の心の中には、錘がある。

育ってくる中での出来事。
「母に捨てられた」と思い続け、現在も聞けずにいること
いつか母が召されるとき聞こうと思う。

「私のこと・・そんなに憎かったの?嫌いだったの?産まなきゃよかった?」って。


まだ幼児の頃に
父が出張で留守のとき、母は弟だけを連れ家を出た。
3日3晩
私は、台所で独りヒザを抱えて過ごした。
水道水と食パンをかじりながら・・。
その記憶だけは鮮明で、いつの間にか家族4人はいつもの毎日に戻っていた。

これだけなら
幼かった私の記憶違いや夢の中の話で終わる。

2度目は起った。
中学に上がる前のこと。
バッグを2つ持って母が言った
「これをパパのところに持っていって渡してきて」と。
父のところにバッグを届け、急いで母のところに戻ると
母はもう1つのバッグと弟とともに消えていた。

私は、母が嫌いだった。
異常なまでの父親っ子だった。
父のいない時、母に理不尽な仕打ちをうけていたから。
父がいること
それだけが私の救いだった。

心臓に持病を持つ父の夢でもあり、自分の夢でもあった職を目指した。
もちろん・・
母の仕打ちから逃げたいがため早く自立して家を出たかったのもある。
父の希望する大学病院付属の学校に入学。
戴帽式目前に父の病状は悪化し自宅での昼夜を問わずな介護が始まった。
そのストレスからか
母は父が存命中に死に装束の話などを父が起きていてもするようになり
死期が近いのがわかっていても・・私にはそれが耐えられなかった。
そして・・
母と殺されるか殺すかの勢いな大喧嘩となり
私は、父の懇願する言葉さえも振り切って消息を絶った。

「お父ちゃん・・早くよくなるからもうちょっと待ってよ・・
       お父ちゃんよくなったら一緒に出て行こうよなぁ・・」

家出をしていることが身内中に知れ渡り大捜索となり2ヵ月後に連れ戻される。
その2ヵ月後に父は他界した。
葬儀の日は、母の誕生日だった。

「誕生日のプレゼントくれたんやなぁ」

父の死が母の誕生日プレゼント

母は、父を失い憔悴しきった私に言い放ちトドメを刺した。

「あんたが殺したのよ!!!!!あんたが死期を早めたのよ!!!!!なんて娘よ!!!!!!」

腹の中では
腸の煮えくり返る音が聞こえた。

「お前が死ねばよかったのに」

自分では無意識の中で声にならない言葉だったはずが
叔母夫婦が真横で聞いており
私の顔が尋常じゃない正気を失った顔をしていたことに血の気が引いたと
後から聞いた。

どうしても・・母の人となりが許せず入寮を希望し
父が生前に私のことを何かと相談し頼んでくれていた叔母夫婦が
事情を説明し力になってくれ
自宅からの連絡の遮断と自宅への帰省の不許可を条件に特例で入寮。
友人や寮母さんに大事にしてもらい囲まれながらの毎日
時折、大の仲良しの弟がこっそり会いにきてくれる毎日
寂しいと思う日は父を思い出すときだけで何事もなく無事に資格をとり
父と自分の念願の看護師となる。

主人と出会い、結婚をし
3人の娘たちに囲まれながらの今の毎日が錘の重さを和らげてくれる。
でも
ここまでの道のりが全て幸せだったわけじゃない。
私たち夫婦の育ちの違いでの結婚の反対もあった。
長女が授かった報告をすると言えないような言葉もあびた。
これまでも執拗に心が壊れていく仕打ちをうけてきた。
三女にハンディがあることを伝えたときも・・。
心がやせ細り悲鳴を上げ何度も煮え湯を飲み失語や失声も経験した。
子供たちが育ってくる今までもいろんな苦労があった。
同じ親から3人が生まれて
同じ家庭のルールで同じ食べ物で同じ遺伝子な同性の娘たち
でも
個々に違った育ち方
夜も眠れぬ心配事や自信も力も失った出来事もあった
心配や恐怖で食べ物が喉を通っていかず
人に打ち明けられない苦しみや理解されぬ思いに泣くことすら忘れ
夜が明けることすら呪った日もあった。

そんな毎日を紡いできたからこそ今がある。
支えあい、思いあい一緒に歩いてきた主人と3人の娘
今の幸せが宝物で絆がある。

そして、そんな苦しみの中で

よぉ頑張ったって
肩の力を抜いてくれたぴかくんと出会えたこと

しっかり落ちて這い上がってこいって
くもの糸を垂らして引っ張ってくれるyumiちゃんに出会えたこと

悲しいね 苦しいねって
想いを拾いあげてくれるみっちゃんママに出会えたこと

そこから
こんな風に自分や自分の錘を吐き出す場所を作るきっかけになって
星占いに導かれたって言っても
きっと何かの縁で、偶然じゃなく必然
そこからいろんな繋がり、縁が広がり始めていることに
今はとても感謝しています。

にゃぁんは
きっと今すっごい幸せ者です(*´∇`*)

長くとりとめのないこと
最後まで読んでくれてありがとう。
家族の紹介の前に、今日は自分のことを書いてみました。

まだまだ心のスイッチを忘れて苦しい波がくる日もあります。
心配かけたり困らせたり迷惑かけちゃうこともあるかもしれないけど
これからもよろしくお願いしますm(._.*)mペコッ
スポンサーサイト


記事一覧  3kaku_s_L.png 未分類
記事一覧  3kaku_s_L.png 趣味
記事一覧  3kaku_s_L.png ママの気持ち
記事一覧  3kaku_s_L.png 毎日
記事一覧  3kaku_s_L.png お弁当
         
以心伝心 ←以心伝心    →幼虫 幼虫

~ Comment ~

No title 

辛い思いしたんやなぁ(泣)
あたしと似てるわ。
あたしもやねん。覚えてないんだけど しばらく経って戻ってきた母を
「お姉ちゃん」と呼んでたと祖母から聞いたことある。
あたしは親に育ててもらわなかった。
よくさ、親になって親の気持ちわかったって言うやんかぁ。
あたしは親になって、もっと親の気持ちがわからなくなったわ。
そして、親になってもっと以前にまして憎しみいだくようになったねん。
親なら自分の子捨てるマネはしないし、あの人らは畜生以下の人間やと
今でも思ってる。

No title 

私も親の気持ちなんてわからない・・
だって
私は我が子を湯船に押さえつけて殺される恐怖を植え付けたりしなかったし
思春期の娘を真っ裸で真冬に外に放り出すようなマネしたことないもんっ
でもさぁ~
かわいくてかわいくて目の中に入れても痛くもかゆくもなかった弟に
嫁がきて嫁と対等に渡り歩こうと躍起になって弟にガツンといかれてドン凹みしてんの見ると”ざまぁ見やがれ!!!!”って思うときあるよ(* ̄m ̄)
世間的には娘はよく薮入りするって言われてるし
実際、ご近所でも娘さんは孫としょっちゅう帰ってきてるけど
私は父の命日とお正月にしか帰らないし泊まっても帰らない(笑)
出産のときも長女の時に1週間いさせてもらっただけで、下2人の時は退院と同時に自宅に直帰だもんヾ(@^▽^@)ノわはは
たった1週間の間にもひどい目にあったもんねーっ
yumiちゃんとは似たもの同士♪
管理者のみ表示。 | 非公開コメント投稿可能です。
  • 【以心伝心】へ
  • 【幼虫】へ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。